パイロットの話 「コックピットから その2」 BINGO

三菱重工MHI名古屋航空宇宙システム製作所のテストパイロットの読み物です。

圧倒的な非日常の世界を仕事場にする選ばれた男たちの世界の話です。

マッハの世界なので、大戦期のレシプロ機のエースたちの手記とはまた違った凄み、つまり怖さがあります。

MHIのサイトで閲覧できなくなっていて一部のみのログが残っているのみなので、消えてしまう前に原文まま転載します。

おそらく今後読むのことが難しい作品を、このような形ではあれ広く読めるようにしていくことは、ささやかではありますが意味のあることではないかと思っています。ですから「関係各位」も大目にみてくださったら、ありがたいなあ(敬具)と思っています。

 

 

さて、今回は超音速からの帰還のお話です。
超音速飛行でスロットルをIDLEにしてもエンジン回転数は100パーセントです。車で言えばアクセルから足を離してもフルスロットルでエンジンが回り続けているようなものです。飛行機は「BINGO」を叫んでいます。
ZOOM UP

しかし、このままでは本当に燃料が尽きてしまいます。そこでなんとか機体を減速させなくてはいけません。
まず、頭に浮かぶのはスピードブレーキです。F-15の場合は機体上面に畳1畳ほどの板を立ち上げて空気ブレーキを使います。しかし時速2,000キロメートル以上の向かい風で畳を立てるのには、かなりの力と強度が必要です。
そこでF-15の場合は高速では僅かしか開きません。このため効果はそれなりです。次に別の方法を考えます。飛行機は3次元を運動しています。そこで今度は速度のエネルギーを高度に変更します。坂道を自転車で登るときに坂道の手前で加速してからかけ上がるのと同じです。飛行機の場合は操縦桿を手前に引いて自分の前に上り坂を作って減速させるのです。
コックピットからの眺め

ここで、高度のお話をしてみましょう。
このあたりの高度では水分はすでにありません。ですから雲もありません。生命活動もありません。ただ無限に広がる濃紺の孤独で静寂な空間です。頭上を見ると単にギラギラ輝く太陽、眼下を見ると水色の丸い地球とそれを包む薄い大気と白い雲が見えるだけです。一言で4万フィートと言いますが、約12キロメートルです。この高度はもうどんなに頑張っても人間が生活できる環境ではありません。-56℃1/7気圧、すでに飛行機はこんな中を飛んでいます。
ここで機外に放り出されると「ちょっと寒いじゃん」って思っているうちに血液が沸騰して体の中は泡だらけになっています。これはかなりきついかもしれませんね!でもご安心を!酸素も無いので有効意識時間は5秒程度ですから「あれー?なんか変」と感じる時にはすでに黄泉の国に旅立っています。ですからパイロットにとってこの場所で一番怖いのはキャビン圧の漏れなのです。急激に減圧されればだれでも気がつきますがちょろちょろ漏れると知らず知らずのうちに意識がなくなっています。世界的には、今でも減圧もしくは酸素欠乏に起因するであろう高高度事故が時々報告されています。
宇宙旅行を楽しんでいると、飛行機は音速を切ってくれます。そこで降下に移ります。飛行機は上昇するより、降下するほうが何倍も大変なのです。スピードブレーキを開いて、パワーを最少にして降下を始めます。ここで降下角を大きく取るとまた音速を超えてしまうので速度計を見ながらの降下になります。先ほど実施したズームアップは弾道飛行で、空気のほとんど無い所を飛んでいますから操縦は思うようにはできません。操縦桿はスカスカ状態です。だましだまし降下を続け、3万フィートを切ると、飛行機は俄然元気になります。エンジンパワーも操縦感覚もグライダーから戦闘機に劇的に変わります。

ついでに衝撃波のお話もしてみましょう。空気は音速よりも速く圧力変動を伝えることが出来ません。このため音速よりも速い物体が空気中にいるとエネルギーが溜まった壁が出来あがります。これが衝撃波です。何らかの原因でこの衝撃波が減衰前に地上に伝わるとドカーンドカーンと2回音がして窓ガラスが割れるような現象を発生させかねません。ですから超音速飛行試験は小松から北へ200キロメートルも沖合に出て細心の注意を払いながら実施されています。
BLACK OUT

さて、ここで元気になった飛行機の操縦特性を見てみようかとGをかけてみます。90度バンクに入れてスティックを手前に引いて、2G、3G、4G「うん、すごっく調子いいじゃん」さらに5じー6じー…ん?
「あれー?目が、目が見えなーぃ!まっくらだー!」

さて、今後の運命やいかに!次回に続く!