パイロットの話 「コックピットから その12」 EMERGENCY

三菱重工MHI名古屋航空宇宙システム製作所のテストパイロットの読み物です。

圧倒的な非日常の世界を仕事場にする選ばれた男たちの世界の話です。

マッハの世界なので、大戦期のレシプロ機のエースたちの手記とはまた違った凄み、つまり怖さがあります。

MHIのサイトで閲覧できなくなっていて一部のみのログが残っているのみなので、消えてしまう前に原文まま転載します。

おそらく今後読むのことが難しい作品を、このような形ではあれ広く読めるようにしていくことは、ささやかではありますが意味のあることではないかと思っています。ですから「関係各位」も大目にみてくださったら、ありがたいなあ(敬具)と思っています。

 

 

緊急状態は、通常状態でないときです。あたりまえの話ですが…。飛行機にとっては、日常茶飯事です。機体の故障ばかりではありません。天候の悪化や、パイロットの体調不良、地上支援施設の故障など様々な状況が考えられます。

緊急事態が、発生したときの原則は、
(1)飛行機の操縦を続けなさい
(2)状況を正確に判断して、適切な手段をとりなさい
(3)出来るだけ早く、着陸しなさい
先ずはこの3つがあります。

あなたは、今空を飛んでいます。突然、何らかの警報灯が点灯します。同時に警報音や、機体に変化が生じます。これはかなりラッキーです。なぜならば、警報灯が点灯するということは、設計段階から予想されていた故障だからです。このため妥当であろう手順が、すでに作られています。しかし一番厄介なのは、警報等などが点灯しないけど、「なんか変だなー」と、感じるときです。機体後方から「コツン」と音がしました。車ならその場に止まって、後方を確認しに行けばいいのですが、飛行機では不可能です。ここからは、パイロットの知識量と経験に基づく判断が、その後を左右します。

原則(1)は、極めてあたりまえのように感じますが、原因追求に頭がいってしまうと、つい忘れがちになります。実際に脚の警報灯の球切れで、それに全員が集中して落ちてしまった機体もあります。ですから、何が起こっても、先ずは飛行機の操縦に意識を向けていることが大切になります。

原則(2)は、簡単に書いてありますが、かなり難しい原則です。「コツン」と音がしたのを考えても、その原因は、山ほど考えられます。そしてその状況判断を間違えると、間違った対処手順を実施してしまいます。私の恥ずかしい経験では、射撃終了で目標から離脱したときに、発電機の警報灯が点灯しました。「ありゃー 電源故障だー」「発電機リセット!」「あれー?リセットできない」「完全に発電機壊れちゃった?」「もーやっぱ○○製品はだめだね!」なんて思っていると。「ん?なんでエンジン温度が低いの?」「あれぇーエンジン止まってるジャン!」「エンジン止まった警報等をつけて欲しいよねー」。

原則(3)は、状況はその後どうなるかわからないので、出来るだけ早く降りるのが得策です。このためパイロットは常に、ここで何か起こったら、どこに降りようかを考えています。言い換えれば自分がその日に飛ぶコース近くにある飛行場については事前に調べてあるのです。そして、何かあれば直ぐにそちらに機首を向けながら、状況の判断を始めます。

飛行機を操縦する上で大切なのは、あらゆる面で余裕を持つことです。知識・技量はもちろん、心も体も、そして時間にも余裕を持つことが、安全への第1歩です。ぎりぎりでやっていると、何か発生したときに直ぐに限界がきてしまいます。そして、状況を判断するときには、1つの原因に限定せずに可能性があるものは、全て念頭に置くべきです。
Knock It Off

さて、今回で私の連載も終了になります。1年間、中年パイロットたわごとに、お付き合いしていただきましたことを心から感謝いたします。

自由に大空を飛びまわる、この憧れは人類の永遠のテーマです。ライト兄弟が初めて飛んでから約100年、そして今、私たちはその一部分を手に入れました。しかし、まだまだ大空は限られた人々だけの特別な世界です。飛ぶためには、特殊な機械と、それを操る特別な技術が必要です。このために、多くの人々がこれを支えています。そしてあなたもその大事な1人なのです。

それでは、またの日まで…「R.T.B.」(Return To Base)