パイロットの話 「コックピットから その8」 Air Speed 飛行機のピトー管

三菱重工MHI名古屋航空宇宙システム製作所のテストパイロットの読み物です。

圧倒的な非日常の世界を仕事場にする選ばれた男たちの世界の話です。

マッハの世界なので、大戦期のレシプロ機のエースたちの手記とはまた違った凄み、つまり怖さがあります。

MHIのサイトで閲覧できなくなっていて一部のみのログが残っているのみなので、消えてしまう前に原文まま転載します。

おそらく今後読むのことが難しい作品を、このような形ではあれ広く読めるようにしていくことは、ささやかではありますが意味のあることではないかと思っています。ですから「関係各位」も大目にみてくださったら、ありがたいなあ(敬具)と思っています。

 

 

「飛行機の速度計は…速度を示していない!」「へーへーへぇーっ…!」(笑)

飛行機の速度計と車の速度計には、大きな違いがあるのをご存知でしょうか?まあ機構的にも全く違いますが、それよりも大きな違いは、示している速度が違うことなのです。車の場合は、地面に対する速さを示していますよね!時速100キロメートルで走っている場合、目的地まで100キロメートルなら、到着は1時間後となります。飛行機はピトー管(写真○印)という機械で速度を感じます。自転車に乗って、ゆっくり走る時と、全速で走る時では、体で感じる空気の抵抗は違いますよね?この圧力変化を飛行機は速度に換算しています。また高原では、空気密度が低くなるのは経験上ご存知だと思います。これらの組み合わせで飛行機の速度計は、その高度の空気の密度に対する速度を示してしまします。

うーん」ちょっと難しいかな?それでは、超具体的にお話しましょう。車で速度計が時速100キロメートルを示しています。この場合走っている場所が、海沿いの道路であっても、山の上のスカイラインであっても、時速100キロメートルですよね!しかし飛行機の場合は違うのです。同じ速度を示していても、高度が違うと、実際の速度も違ってくるのです。飛行機が地上付近で200キロメートルを指示して飛んでいるときは、時速200キロメートルですが、高度が約10キロメートルだと、同じ200キロメートルの指示でも実際の速度は時速350キロメートルぐらいなのです。

ですから目的地までの飛行時間を計算する場合は、先ず計器を見て速度を読んで、計器の誤差補正をして、それに高度補正のために温度補正と密度補正をして、対地速度を求めてから、飛行時間を算出しなくてはいけません。風がある場合はさらにその補正もしなくてはいけません。「それなら今はコンピューターが発達してるんだから、最初から対地速度計にして表示すればいいじゃん!」っと思われる方も多いと思います。でもこれも大きな間違いなのです。

パイロットが最も必要な速度は、コックピット内にある計器の速度で、対地速度ではありません。その理由は飛行機の特性が、この計器に表示される速度で決まるからです。地上付近で、計器時速200キロメートルで失速する飛行機は、高度10キロメートルでも計器時速200キロメートルで失速します。ですから操縦する上においては、対地速度はあまり必要ではなくて、あくまでも計器が示す、空気の密度に対する速度が必要なのです。

一般の乗客の方は飛行機の速度は車と同じだと思って話を聞いているし、パイロットは、特性を示す計器速度だと思っているし、技術者は性能計算用の等価対気速度だと思って話をします。ですから、この3者で話が全く通じないのは当然です(笑)。

「速度計、ガッテンしていただけました?」「ガッテン ガッテン ガッテン!」おっといつのまにか番組が違っていますぅ。
ALTITUDE

今度は、高度計のお話です。飛行機は、毎日同じ高度を飛んでいるのではありません。それは、飛行機の高度計が気圧高度を使っているため、気圧の高い日は、同じ高度計指示でも高い高度を、そして低い気圧の日は、低い高度を飛んでしまいます。この結果、飛行機の飛行高度は実際の高度とは違うのです。「ん?なんか危険な香りがしますよねー」。富士山の高さが3,776メートルだからといって、高度計で3,800メートルだから絶対ぶつからない!と思うのは危険です。地球上の気圧変化を考えれば、最低でも500メートルぐらいの違いはあると思って飛んだほうが無難です。しかし飛行機同士の場合は、同じ理論の高度計を使っている筈なので、同じ場所で、違う高度指示ならば衝突することはまずないでしょう。将来、実高度や対地高度で飛行する機体が出てきたときには、高度計も考え直さなくてはいけないかも知れません。
STALL