パイロットの話 「コックピットから その3」 BLACK OUT

三菱重工MHI名古屋航空宇宙システム製作所のテストパイロットの読み物です。

圧倒的な非日常の世界を仕事場にする選ばれた男たちの世界の話です。

マッハの世界なので、大戦期のレシプロ機のエースたちの手記とはまた違った凄み、つまり怖さがあります。

MHIのサイトで閲覧できなくなっていて一部のみのログが残っているのみなので、消えてしまう前に原文まま転載します。

おそらく今後読むのことが難しい作品を、このような形ではあれ広く読めるようにしていくことは、ささやかではありますが意味のあることではないかと思っています。ですから「関係各位」も大目にみてくださったら、ありがたいなあ(敬具)と思っています。

 

 

戦闘機の命は機動性です。
いかに相手よりも素早く動くかで勝負が決まります。この機動性を決定するための大きな要素の1つがG(ジー)です。Gとは地球の重力加速度をあらわす単位です。それではG変化はどのように感じるのでしょうか。私の体験からご説明しましょう。
皆様が日常体験できるG変化ではエレベーターがありますが、多分これで0.1G程度の変化だと思います。もし興味があるならば、体重計をエレベーターに持ち込んで測定してみてください。0.1Gの変化でも体重が1割増減する筈です。
飛行機に話を戻しましょう。民間の飛行機に乗って旋回時に感じるGは最大でも1.2G程度です。しかし戦闘機ではちょっと操縦桿に触るだけで1.5Gぐらい簡単にかかってしまいます。2GになるとGスーツが膨らんできてGがかかり始めたかなという感じでなかなか心地よい雰囲気です。ジェットコースターなどでは最大2~3G程度かかるようですので普通の人でもこれぐらいまでは許容されるのだと思います。3Gは戦闘機が上空で動くときの基本Gです。

2Gから膨らむGスーツはパイロットの下半身を圧搾空気によって締め付けるためのものです。Gがかかると血液は下に下がって脳に血が行かなくなります。これを物理的に防止するために下半身をしめつけて血液の降下を防止しています。Gスーツは1.5グラム程度の耐G能力を上げると言われています。
計器

さて次は4Gです。これ以上はやはり戦闘機でなくては体験できません。通常の飛行機はこの辺で翼が折れてしまいます。
4Gは簡単なアクロバットなどをする場合にかかります。下腹にぐっと力を入れていれば特に問題はありません。さらに5G宙返りなどのアクロバットにはこの程度のGを使います。体全身に力を込めて頑張ればそれなりに耐える事ができます。そして6Gこの辺からやはり人間の構造的限界が自覚できます。ちょっと気を抜くと視野が狭くなって景色が白黒になってきます。これは目に十分な血液が供給されなくなっていることを示しています。「グレイアウト」と呼びます。

そして7G。ここからは根性との勝負です。
Gスーツはギリギリ下半身を締め付けます。体の力を抜くとブラックアウトと言って目が全く見えなくなります。そこを根性で頑張ります。操縦桿を持つ右手の二の腕でピシピシと音がして毛細血管が切れるのが分かります。何しろ自分の体重の7倍が体中にかかっているのです。
さらに8G。この辺の1Gの変化は劇的です。まず息が出来ません。まぶたも重くてあけているのがやっとです。
そして9Gもう本当に限界です。生きているのがやっとです。あと0.5G増やしたら心臓もお休みしてしまいそうです。9Gはすでに拷問です。「なんでもするから許してー」と叫びたくなります。まあ息はしていないので唸り声しか出ませんがね!(笑)

現在ここが戦闘機の限界です。
いや戦闘機の限界ではなく人間の限界です。戦闘訓練を終えて降りてくると腰は痛いし首は動かないし肩にはくっきりとハーネス痕が残り、足の裏・ふくらはぎ・二の腕など軟らかい部分は内出血しています。いやーまともな商売ではないなーと感じる時です。

しかしここで一番危険なのは意識喪失です。急激にGが立ち上がると人間の体はついてきません。こうなると脳に血液が突然行かなくなるので意識を失う感覚も無く、瞬時に意識を失います。戦闘機乗りが一番恐れている現象です。

マイナスGはさらに愉快です。
この状況を作るにはスティックをちょっと前に押します。普通の人は+0.5G程度で降参します。0Gで目の前で鉛筆が浮かんでいます。体の中身も浮き上がるので食後には気分のいいものではありません。
スティックをもうちょっと押します-1Gです。逆立ちをしているのと同じですごみなどの固定していないものはすべて頭上のキャノピーに張り付きます。そして-2G。これはもう限界です。頭に血が集まるためにひどい頭痛がしてきます。さらに-3G。飛行機はここが限界です。人間は限界を過ぎています。数十秒間この状態が続くとレッドアウトといって景色が真っ赤になって目から血が噴出します。ですからパイロットはこの状態をあまり好みません。
多くの飛行機の戦闘ゲームがありますが、これで実機と一番違うところは押し舵を操縦者が多用することです。もしこの種のゲームを愛されておられる方がおられましたら一度押し舵を使わないで戦闘してみてください。そうすればより実戦的なゲームが楽しめると思います。
VERTIGO

さーって、飛行機の調子も良いし帰ろうかなーん?なんかいつもと景色が違う?なんで姿勢指示器が裏返しなの?飛行機壊れた?いーえ、あなたが壊れています。

さて、今後の運命やいかに!次回に続く!