パイロットの話 「コックピットから その10」 Take Off

 

今回は大空への第1歩である離陸についてのお話です。

離陸は飛行機を操縦する上では、比較的やさしいい操舵になります。しかし、その代わりにパイロットには多くの即断が要求されます。それでは実際に、戦闘機を使って離陸してみましょう。

滑走路進入許可をもらって、ゆっくり滑走路に進入します。この時には着陸しようとしている飛行機がいないか、そして滑走路上に障害物などはないかを、自分の目で確認します。またここで大切なのは、出来るだけ滑走路を長く使えるように、無意味に前進しないことです。通常軽装備の戦闘機は4~500メートルで離陸してしまいます。大型民間機でも2,000メートルもあれば離陸します。しかし普通滑走路は3,000メートルもあります。それなのに何故、滑走路は長く使える様に、進入するのでしょう?それは、離陸を断念して、停止するための滑走路長を確保するためで、飛行機は離陸するのに必要な長さの倍以上の距離が停止するためには必要になるからです。

滑走路に進入して停止したら、しっかりブレーキを踏んで、針路計や磁気コンパスを確認します。次に、エンジンチェックを実施します。先ずは、手順書に示されているパワーまでスロットルを進めます。エンジンの計器を素早く読み取って、正常に動いているかどうか確認します。エンジンチェック中に、電気系統、エアコン系統なども確認します。さーって 飛行機はOKなようです。そして管制塔から離陸許可が来ました。離陸です。

再度前方に障害物などがないか確認します。指定されたパワーにして、ブレーキを離します。ゆっくり飛行機は動き始めます。動き始めたのを確認したら、100パーセントパワーにします。このときにも、エンジン計器を確認するのを忘れてはいけません。100パーセントパワーにすると、急に飛行機は加速し始めます。そして必要ならば、スロットルをアフターバーナ領域へ進めます。急激な加速感と、エンジンノズル計器の開きが、アフターバーナへの正常点火を教えてくれます。ブレーキを離してから約5秒後、すでに飛行機は、時速100キロメートルを軽く超えています。空中まであと数秒。

しかしこの付近で飛行機は一番不安定なのです。滑走中は3輪車、そして空中へ飛び出せば飛行機、その変化点なのです。ここで最も影響するのが、風です。特に横風は地上を離れようとしている飛行機にとっては、「嫌がらせ」以外の何ものでもありません。僅か数メートルの横風でも、この場所ではパイロットを真剣にさせるのに十分です。

また、戦闘機にとってはこの地点が大きな決心ポイントです。これまでに機体に異常があれば、離陸を中止して、残滑走路上で止まることを決心し、この点を過ぎてしまえば、何があっても飛び上がらなくてはいけません。(厳密には、もうちょっと複雑な計算が必要ですが…)
上昇する飛行機

さて 離陸速度が近づきました、ゆっくりと機首を引き上げて、離陸姿勢にします。この操作を急激にしたり、過度にすると、思いもかけない事態が発生しますので、細心の注意が必要です。離陸姿勢を維持していると、自然に飛行機は浮きあがります。浮揚を確認して、脚とフラップを格納します。その間も、飛行機はどんどん加速していきます。そのままの姿勢では、滑走路エンド上空で、音速を超えてしまします(笑)そこで、決められた上昇速度になるように、機首をさらに上げて速度を維持するようにします。しかしながら今の戦闘機は、膨大な推力があります。速度を維持しようとすると、機首がどんどん上がって、最終的には垂直になってしまいます。搭載物の無いF-2などは真上を向いても加速していきます。そこで適当なところで、アフターバーナをキャンセルして 音速の0.9倍ぐらいの速度で上昇するのが良いでしょう。

これが一連の離陸になりますが、ブレーキを離してから15秒程で、全ての離陸操作が終わります。この間に、パイロットは環境の変化を素早く感じ取って、状況に応じた操舵をしなくてはいけません。そして、この間一瞬も気を緩めることができないのです。ある程度高度が取れれば、やっと、ちょっとひと安心です。

パイロットの話 「コックピットから その9」 STALL

 

今回は、お約束どおり失速のお話です。通常の会話で「失速しちゃったよー」というのは、それまでのペースが急に落ちた時や、なんかやる気が無くなった時などに使いますが、飛行機の失速はそんなに甘いものではありません。イメージとしては、高速道路を車で快適に走っていて、ある速度を切ると、突然道路がぬかるみになってしまうような感じです。

飛行機は、皆さんが想像されているよりも、空気にしっかりと支えられています。普通に飛んでいる限り、飛行機を支えている空気と、車が走っている道路と感覚的違いはありません。むしろ空気の方が安定していて揺れもありません。あたかも 平らな氷の上を滑っているような感じです。しかし一旦ある速度を切ると、それまでしっかりと飛行機を支えていた空気が、突然普通の空気になってしまうのです。こうなると飛行機はただの金属の塊です。地球に向けて一直線に落ちていきます。

それでは実際に、飛行機を失速させてみましょう。基本的には速度を減らしていけば良いのですが、失速後のことを考えると、飛行機の形態、エンジンの推力、補助翼などの中立位置、失速した瞬間の姿勢、残燃料量など、多くの条件を我々に有利にしておかなくてはいけません。これを間違えると取り返しがつかなくなる可能性があります。それと当然十分な高度が必要です。

予想失速速度の1.3倍ぐらいの速度からスタートします。通常はエンジンを絞っていけば徐々に減速していきます。先ず現れる現象は、バフェットと呼ばれる現象です。主翼で剥がれた空気が、胴体や水平尾翼に当たって、機体全体を振動させます。この大きさは、飛行機によって異なっていて、心地よい振動から、飛行機の構造物を壊してしまうような振動まで様々です。一般的には失速速度の1割程度前から発生して失速まで継続します。
バフェット現象

「おーこれがバフェットね!おもしろいじゃん!」ってなことを考えていると、失速は突然やってきます。失速そのものの現象は、単に機首が真っ直ぐ下に落ちるものから、機首が横に流れて激しい回転運動を始めるものまで、千差万別です。いずれにせよ一番の問題点は、突然来ることです。「ありゃー」などと思っている時間的余裕はありません、直ぐに定められた手順で回復操舵をしないといけません。5秒も迷っていれば東京タワーの高さぐらいは簡単に落ちてしまいます。

もし、ここで高度に余裕があって、さらに探究心があるならば、さらに操縦桿を引き続けます。おまけで操縦桿を左右どちらかに最大操舵して、反対側のラダ-を踏み込みます。すると「ゴー」という音と共に激しく揺られて、上下左右何がなんだかわからないような運動に入ります。そこで手足を緩めても、同じ激しい運動が続くようなら、スピンモードに入っています。通常スピンは、自然現象として安定しています。木の葉がゆらゆらと揺れながら落ちて行くのと同じです。違いは木の葉が数グラムなのに対して、飛行機は数十トンなだけです(笑)。スピンは、何も対応しなければそのまま継続します。このとき計器類を見ると、姿勢指示器はぐるぐる回り、高度計は読み取れない速度で減少し、速度計だけは極めて低い速度で安定しています。運動が激しい場合は飛行機の構造を破壊しまので適当な所で止めるのが得策です。

スピンモードからの回復操舵は、飛行機によって全く異なります。そのため十分な予習が必要です。スピンを抜け出すと、自動回転運動というのに入ります。これもスピンだと思って、さらに回復操舵をしてしまうと、好ましくないモードに入りますので、正確な状況判定が必要です。自動回転運動に入ると、速度が増加してきて、失速領域から自然に抜け出すことができます。

失速自体は、それほど危険なモードではありませんが、離陸直後や着陸前などは、失速速度の2~3割程度の余裕速度しかありません。ここで何らかの原因で、ちょっとでも減速してしまうと失速してしまいます。ですから、パイロットは離陸後3分、着陸前5分は最高に緊張しています。うーん 今回はちょっと難しかったかな?先月号の予告どおり予習していました?(笑)

パイロットの話 「コックピットから その8」 Air Speed 飛行機のピトー管

 

「飛行機の速度計は…速度を示していない!」「へーへーへぇーっ…!」(笑)

飛行機の速度計と車の速度計には、大きな違いがあるのをご存知でしょうか?まあ機構的にも全く違いますが、それよりも大きな違いは、示している速度が違うことなのです。車の場合は、地面に対する速さを示していますよね!時速100キロメートルで走っている場合、目的地まで100キロメートルなら、到着は1時間後となります。飛行機はピトー管(写真○印)という機械で速度を感じます。自転車に乗って、ゆっくり走る時と、全速で走る時では、体で感じる空気の抵抗は違いますよね?この圧力変化を飛行機は速度に換算しています。また高原では、空気密度が低くなるのは経験上ご存知だと思います。これらの組み合わせで飛行機の速度計は、その高度の空気の密度に対する速度を示してしまします。

うーん」ちょっと難しいかな?それでは、超具体的にお話しましょう。車で速度計が時速100キロメートルを示しています。この場合走っている場所が、海沿いの道路であっても、山の上のスカイラインであっても、時速100キロメートルですよね!しかし飛行機の場合は違うのです。同じ速度を示していても、高度が違うと、実際の速度も違ってくるのです。飛行機が地上付近で200キロメートルを指示して飛んでいるときは、時速200キロメートルですが、高度が約10キロメートルだと、同じ200キロメートルの指示でも実際の速度は時速350キロメートルぐらいなのです。

ですから目的地までの飛行時間を計算する場合は、先ず計器を見て速度を読んで、計器の誤差補正をして、それに高度補正のために温度補正と密度補正をして、対地速度を求めてから、飛行時間を算出しなくてはいけません。風がある場合はさらにその補正もしなくてはいけません。「それなら今はコンピューターが発達してるんだから、最初から対地速度計にして表示すればいいじゃん!」っと思われる方も多いと思います。でもこれも大きな間違いなのです。

パイロットが最も必要な速度は、コックピット内にある計器の速度で、対地速度ではありません。その理由は飛行機の特性が、この計器に表示される速度で決まるからです。地上付近で、計器時速200キロメートルで失速する飛行機は、高度10キロメートルでも計器時速200キロメートルで失速します。ですから操縦する上においては、対地速度はあまり必要ではなくて、あくまでも計器が示す、空気の密度に対する速度が必要なのです。

一般の乗客の方は飛行機の速度は車と同じだと思って話を聞いているし、パイロットは、特性を示す計器速度だと思っているし、技術者は性能計算用の等価対気速度だと思って話をします。ですから、この3者で話が全く通じないのは当然です(笑)。

「速度計、ガッテンしていただけました?」「ガッテン ガッテン ガッテン!」おっといつのまにか番組が違っていますぅ。
ALTITUDE

今度は、高度計のお話です。飛行機は、毎日同じ高度を飛んでいるのではありません。それは、飛行機の高度計が気圧高度を使っているため、気圧の高い日は、同じ高度計指示でも高い高度を、そして低い気圧の日は、低い高度を飛んでしまいます。この結果、飛行機の飛行高度は実際の高度とは違うのです。「ん?なんか危険な香りがしますよねー」。富士山の高さが3,776メートルだからといって、高度計で3,800メートルだから絶対ぶつからない!と思うのは危険です。地球上の気圧変化を考えれば、最低でも500メートルぐらいの違いはあると思って飛んだほうが無難です。しかし飛行機同士の場合は、同じ理論の高度計を使っている筈なので、同じ場所で、違う高度指示ならば衝突することはまずないでしょう。将来、実高度や対地高度で飛行する機体が出てきたときには、高度計も考え直さなくてはいけないかも知れません。
STALL

パイロットの話 「コックピットから その7」 Control

 

今回は、操縦のお話です。あまり詳しくお話すると、だれでも飛行機の操縦が出来てしまって我々の仕事が奪われる可能性があるので、今回はほどほどに!(笑)

さて飛行機の操縦は、車とさほど変わりません。行きたい方向に操縦桿を傾ければ良いのです。右に行きたければ操縦桿を右に、上に行きたければ操縦桿を手前に!加速したければスロットルを前に進めます。しかし、車と決定的に違うのは、三次元的に変化してしまうことでしょうか。例えば、旋回すると高度は自然に落ちて、速度も変わってしまいます。ひとつを変えると、全部が変わってしまうのです。この現象を防ぐために具体的には、旋回に入るときには、操縦桿を適量倒すと同時に、機首を僅かに上げて、パワーを少々変更しておくことが必要です。すでにお気付きの方もおられると思いますが、今の文章でのキーポイントは、適量、僅かに、少々、ここにあります。この量が会得できればあなたはもうパイロットです。ちなみに 車の免許は18歳からですが、飛行機の免許は16歳から取得可能です。私自身も、車の免許よりも飛行機の免許の方が先でした。

ご自分が、ケッタ(名古屋弁で自転車)に乗れるようになったときを思い出してください。理由は分からないのですが、ある日突然乗れるようになりませんでしたか?飛行機も同じ感覚です。ある日突然着陸が出来るのです。とても不思議な感覚です。それまでは、悩んで勉強して練習して、試行錯誤を繰り返すのですが、いくらやっても着陸はできません。しかし、ある時突然着陸が見えるのです!

ご存知の方は少ないと思いますが、80年代の映画でスピルバーグ監督の「オールウェイズ」というのがあります。この映画で、若いパイロットが、ある日突然操縦が出来るようになります。私は「あー!ぼくもそうだったのかー」と感動したのを覚えています。しかし、友人に話すと「ん?あれってただのラブストーリーじゃん」全く観点がちがいましたー(汗)。いずれにせよ、飛行機の操縦は、ある日突然出来るようになるのです。

1つの飛行機を完全に手に入れると、後はどんな飛行機でも同じです。慣れるまでは上手な操縦はできませんが、安全に飛ぶ程度でしたら機種が変わってもさほど影響はありません。車で言えば、ミニカの運転が完璧にできれば、プラウディアの運転も出来るのと同じです。まあ飛行機は基本的には、機種毎に免許がありますから、法的にはちょっと問題はありますが…。
Instrument

飛行機には、無数の計器があります。「あんなに沢山の計器を見るのは大変でしょう?」と質問を受けます。しかし実際は、全部は見ないのでそれほど大変でもないのです(笑)。全ての計器を常にチェックしていたら操縦など出来ません。計器はあくまでも、飛行の参考とするものです。むしろ自分のやった操舵の結果を見るための物です。必要なときに 必要なものだけを見る。これも操縦の極意です。車でも同じですよね!いつもメーターを見ているのではなくて、パトカーを見つけたら、速度計!灰皿が一杯になったら燃料計!おなかがすいたら時計!この程度ですよね?

それでは、飛行機の計器の中で、何が一番大事だと思いますか?高度計?速度計?姿勢指示器?エンジン計器?航法計器? 私は昔から、それは速度計だと思っています。速度だけは、人間にはわからないのです。特に上空には、対象物がありませんから、速度は全くわかりません。お天気が良ければ、高度は、地上の物の大きさで分かります。例えば人間の形が見えれば1,000フィート、車の形が分かれば2,000フィート、家の形が分かれば5,000フィート…。また、速度計がなければ、着陸はできません。飛行機には失速があります。失速とは飛行機がただの金属の塊になることを意味しています。色々な理由で着陸は、出来るだけ低速でしなくてはいけません、そして何があっても 失速速度以下にしてはいけません。このために 速度計は不可欠な計器なのです。
コックピットの計器
Flying Quality

パイロットの話 「コックピットから その6」 Cockpit

 

今回は我々の職場紹介です。
戦闘機の操縦席はコックピットと呼ばれています。日本語で言えば鳥小屋です。中に鶏のようなやつがいるからではなくて、多分極端に狭いのでこのように呼ばれているのだと思います。ほとんどのスイッチやレバーには、そのままの姿勢で届くようになっています。座ったままでなんでも出来る!横着者にはピッタリの職場です(笑)。

コックピット中央にはいざという時に機外に脱出するための射出座席が鎮座しています。正面下には多くの計器、操縦席左右のパネルには無数のスイッチがついています。そして右手用にスティック(操縦桿)左手用にスロットル(加減速器)足用にはラダ-ペダルがついています。
またスティックとスロットルにも、やたらとスイッチがついています。これら全てを迷い無く使っていかなくては、戦闘機は動かせません。可能ならパイロットに手がもう1本あって、かつ親指が2本づつあれば理想的です。
オッックピットからの景色

このコックピットへは、車などとは違ってキャノピーを開けて、上から乗り込みます。
まず座席に足を置いて、スイッチなどを蹴飛ばさないように注意しながらゆっくり座り込みます。座ったら座席下にあるサバイバルキットと自分を左右つなぎます。そして今度は自分をシートベルトで固定します。この際同時にGスーツを機体ともつなげます。最後にパラシュートと自分を連結させます。飛行機によっては足にも固定装置を付ける場合もあります。もう、がんじがらめ状態です。これにヘルメットをかぶって無線コード1本と2本の酸素ホースをつなげれば、やっと準備完了です。
夏場などはこれだけでダイエット効果が望めます。

座って正面を見ると、HUD(Head Up Display)があります。これは、飛行中パイロットが必要であろう情報を常に表示しています。その上焦点は無限遠点になっているので、あたかも文字や絵が空中に描かれているように見えます。これによって、発見した目標から目を離さずに、自分や相手の状況を知ることができます。
最近のゲームでは、HUD表示がほとんどですから、見慣れている方も多いと思いますが、本物とはかなり違います。

コックピットは冷暖房完備です。フルオートエアコンがついています。夏場地上では35度、そこでキャノピーを閉めれば灼熱地獄、上空にあがれば外気温はマイナス52度、この環境範囲をカバーするように設計されています。また皆様が戦闘機で一番気になるのが騒音だと思います。
エンジンはものすごい音を出しています。しかしコックピット内で聞こえる音は、エンジン音ではなくて意外にもエアコンの噴出音なのです。それも、かなりの音圧です。まあ、パイロットは完全閉鎖型のヘルメットを常時装着しているのでその騒音もほとんど聞こえません。しかし、コックピットには、超おしゃべりなお姉さんが1人住んでいます。エンジンスタートからしゃべり始めます。やれエンジンが調子悪いだとか、はたまた、敵にロックオンされたとか、もう燃料が無いから帰れとか。分かってるって言うのに、しゃべリ続けます。昔は男性の声でしたが、最近はどの飛行機も女性になっています。この方が、パイロットが素直に従ってくれるからでしょうか(笑)。
他に、いろいろな音色の音が出ます。それも連続音であったり、断続音であったり、それらの混合であったりします。「ピッ」と音がしただけで、パイロットは飛行機が何を言いたいのか直ぐに分からなくてはいけません。ですから、我々はやたらと単音の電子音には敏感になっています。

さて話は変わって、コックピットからの景色のお話です。
一言、「それは最高でーす!」何しろ自分の腰より上は全部透明なのですから、民間機に乗って小さな窓から覗くのとは大違いです。景色360度見放題です。そのままでは、さすがに床があるので真下は見られませんが、飛行機を裏返しにすれば下も丸見えになります。昼間は大パノラマ、夕方には燃えるような夕焼け、夜間には全天溢れんばかりの星空が楽しめます。

しかし、この職場の最大の欠点は、孤独なことです。常に1人の世界です。喜びも、感動も、驚きも、恐怖も、すべて1人で受け止めなくてはいけません。何があっても、1人で判断して1人で対処します。地上には存在しないこんな職場が、そこにはあるのです。
Control

 

パイロットの話 「コックピットから その5」 IN Popeye

 

ポップアイ?出目金のお話ではありません。セーラーマンのお話です。
雲の中を飛行していることを「インポパイ」と言います。雲の中では何も見えません、多分牛乳のプールの中に潜ってる感じだと思います。(私はそんなプールに潜ったことないので正確に比較はできませんが…笑)

ここで雲のお話をしましょう。
雲は雲があるのではなくて空気の乱れがあるから雲に見えると言ったほうが良いかもしれません。川でいえば瀬に白波が立ちます。これは白波があるのではなくて、流れが乱されて白波に見えるのです。空気の場合も同じで、流れが乱されると雲ができます。
このため雲の中は気流が乱れているので回りとは性質が全く異なります。それでは頑張って雲の中を飛んでみましょう!

目の前に雲が迫ってきます。キムタクはドラマの中で「雲の頂点が左に流れているから風上側の右に迂回する」と言っていましたが、超正解です。
しかし状況によって避けられない場合もあります。そこで仕方なく雲に突入することになります。先ず前方に山とか障害物が無いことが第一条件です。「あったりまえでしょうー」と、思われる方も多いと思いますが、雲に入ってそのまま山に激突する事故は毎月のように発生しているのが現実です。
次に準備することはシートベルトをしっかり締め直すことです。そして計器飛行に移る準備をします。雲の中では景色が全く見えませんから計器飛行以外に無事に飛ぶ方法はありません。

そして覚悟を決めてズボッ!と雲に入ります。
案の定、回りは真っ白です。そして揺れが始まります。揺れは心地よい軽い揺れから飛行機が分解するような揺れまで様々です。この揺れを正確に前もって予想することはできません。
まぁ90パーセントはそれなりに安全ですので適当に心配しておけば問題ありません。

揺れが始まって数十秒たつと風防が白くなってきます。これはアイシングといわれる現象で、雲の中にある過冷却の水が機体にぶつかって瞬時に凍り、どんどん成長していくために発生します。外が見えない程度なら、それほど大きな問題ではないのですが、氷は機体全体に付着します。翼についた氷は翼の形状を変化させ飛行機の特性を変えてしまいます。エンジン付近についた氷は、大きくなってはがれ落ち、エンジンに吸い込まれて大きなダメージを与えます。そして何よりも機体自体が、氷でだんだん重くなります。
こうなってくるともう飛ぶことはできません。このため飛行機には、いろいろな防氷装置があります。あるものは氷をヒーターで融かし、あるものは風船を膨らませて氷を壊します。
機体へのアイシングは外気温が-3~-10度程度で発生します。また気温は高度を1000フィート上げる毎に2度下がります。ですからこの高度帯を避ければアイシングは発生しません。しかしアイシングを避けようとして、安易に高度を上下すると、もっとひどい目にあうこともありますので、注意が必要です。

雲にはいろいろな種類がありますが、パイロットにとって一番怖いのが入道雲です。入道雲に入ってしまったことはすぐに分かります。先ず、上下左右に大きく振られます。飛行機が木の葉のように舞い踊ります。その次に来るのは、激しい音です。最初は「大粒の雨かな?」なんて思っていますが、実際は氷の塊です。
地上に落ちてくるとヒョウとかアラレと呼ばれるものです。時によっては拳大の氷も浮かんでいます。「ひょえーひどい所にきちゃったなー」なんて思っていると。回りがだんだん暗くなって、雲が緑色に見えてきます。「あれーなんかいる!」「長い蛍?」「光るミミズ?」。そうこうしていると、前方風防が青白く光り始めます。その中を細長い光が飛び交います。良く見ると機体全体が青く光り始めています。これが「セントエルモの火」と呼ばれるものです。
帆船時代の船乗りは、この光は嵐を知らせる兆候としていたようです。飛行機でも同じです。この光を楽しんでいると「ピシッパシッ」とういうラップ音が聞こえてきます。そして腕や足の毛が逆立ってきます。こうなってくると、もう近いです!「こりゃーくるぞー!」テレビなどではここでVTRが終わって、結局「霊」は出てこないのですが(笑)、現実は違います。来ちゃうんですねートラのパンツをはいた鬼が!
目の前でそれまで見た事もないような閃光が走ったかと思った瞬間ドッカーンと、大きな音がして自分の体から電気が抜けていくのがわかります。飛行機は比較的雷には強く設計されています。上空で飛行機に雷が落ちても通常この程度です。ただし、着陸後機体を点検すると何か部品がなくなっています。ですから、何があっても入道雲に入るのは避けたほうが良いと思いますよーっ!
HOME BINGO

本当に燃料がなくなっていることを飛行機が叫び始めました。燃料余裕はもうありません。直ちに帰るように言っています。
「でもまだやることあるんだけどなー」

パイロットの話 「コックピットから その4」 VERTIGO

 

バーティゴは空間識失調と言われています。
パイロットはこの現象から逃れることはできません。どんなベテランでも必ず陥ります。上と下が分からなくなるのです。いや分からなくなるというより間違って認識してしまうのです。
今あなたにとって下はどっちですか?足元が下ですよね!なぜかと言えば地球があなたを引っ張っているからそう思っているのです。この感覚が飛行機を操縦する上では大きな障害となってきます。飛行機は3次元を自由に運動します。運動するとそれと反対側に遠心力が働きます。人間はこの力と重力との合成を重力として感じてしまいます。そこで運動の外側が下だと勘違いするのです。
大型民間機の中央の座席に座って離陸時に「すっごーい急上昇!」と思ったことはありませんか?これも一種の勘違いです。前進する加速度をお客様は背中で感じます。するとその加速度と重力の合成が腰の付近に感じるのであたかも急角度で上昇しているように思ってしまうのです。ここで窓の外をちらっと見ると自分が思っているほど急角度で上がっていないのがすぐに分かります。

私の実体験では雲がポツポツある日、空中戦訓練を終了して帰る時に何か景色が記憶と違うのです。確か雲は下だったのに今は自分の頭の上にあります。お天気が変わったのかなーと思いながら姿勢指示器を見ると背面姿勢です。「そうかぼくは上と下を間違えてたのねーぇ!」この場合、飛行機は地上に向かって背面で2G降下をしていたのです。
これだとちゃんと床方向に1Gかかっていますので感覚的に全く違和感はないのです。水平飛行と2Gの背面との区別がつかないのです。このとき私は海と空をも見間違えているのです。地上では海の方が空よりも青いのですが上空では空の方がはるかに青いのです。人間一旦信じ込むとなんでもそれが真実だと感じてしまうのです。
コックピットからの眺め

ちなみにこの写真を見て違和感を感じますか?背面飛行しながらOKサインを出しているように見えませんか?もしそう見えたらあなたはすでにバーティゴです。
ではこの勘違いを防止するためにはどうしたら良いのでしょう。それは常に計器を信じる事です。しかし計器も機械です壊れているときもあります。「そんじゃーどうするのー?」それでも計器を信じます。

飛行中、自分の姿勢を知るためには姿勢指示器が一番簡単です。外界が見えようと見えまいとこの計器は常に飛行姿勢を示しています。しかしパイロットはすぐには信じません。次に高度計を見て高度変化を確認して次に高度計を確かめるために昇降計をチェックします。そこで何か疑いがあれば次に速度計エンジン計器などもチェックします。
飛行機には沢山の計器がついています。そして各々は別々の情報を指示しますが何らかの関連をもっています。速度計と高度計は別物ですがパワーをいじらずに上昇姿勢にして高度を上げれば必ず速度は減ります。それなのに速度に変化がなければ必ず何かがおかしいのです。
このようにして飛行中は常に多くの計器から1つの真実をいつも探り出そうとしています。そしてその結果が自分の感覚と違っていても計器を信じて自分を否定しなくてはならないのです。

命がかかっている時に自分の感覚や信念を曲げて機械を信じて行動することは至難の業です。それも数秒のうちに判断しなくてはいけません。10秒も悩んでいたら飛行機はすでに取り返しのつかない領域に入っています。飛行機に許されている余裕時間は2秒です。何かが発生して2秒以内に正しい手順を実施すれば故障で飛行機が落ないようには設計されています。

車で、ここでは感じとしては右に曲がらなくてはいけないんだけどカーナビは左に行けと言っています。この場合あなたはどちらに曲がりますか?まあ、車ならどちらを選んでも「なーんだやっぱ違うじゃん!」って思った時に止まってやり直せますが、飛行機ではそうはいきません。「なーんだ、やっぱ違うじゃん!」って思った時には全てが終わっています。
空間識失調は訓練では克服できません。どんな訓練をいくらやっても結局上下は分かりません。そこでパイロットはいかなるときにも計器を信じるように訓練します。先ずは机上で教育を受け次にシミュレーターで訓練しそして実機で外界の景色を遮断して徹底的に訓練します。だからこそ計器の誤差や故障は許されないのです。
フライトを終わって「この飛行機ここが変だったよ!」と報告しているときに「あーそれは単に計器の故障ですよ!」ってなことを言われるとパイロットが血相を変えて怒るのはこのためなのです。(笑)
Fingertip

Fingertipは戦闘機の基本隊形です。手の指をくっつけた時の親指以外のつめの位置が各機の位置です。この隊形で離陸をしてアクロバットもこなし雲の中も飛んで着陸までします。この間ウイングマン(2番機)はリーダー機しか見ません、特に若いパイロットは他を見る余裕などは全くありません。
「このリーダー超へったくっそーいつまで旋回するの?疲れちゃうよー!」こんな思いが頭に浮かびます。
しっかーっし!これもあなたがまたまたバーティゴです。

さて今後の運命やいかに!次回に続く!